23.違憲審査制と憲法訴訟 23−1 憲法訴訟総論     1.分析の視点  (1)司法積極主義と消極主義    司法消極主義…裁判所が司法審査に当たって、政策決定者たる政治部門の判断をできる限り尊重し、それに介入する    ことはなるべく控えようとする態度 r. 裁判所は本来非民主的な機関であるから国民を代表する議会の意思を尊重する必要性    裁判所の客観性と公正さに対する国民の信頼を傷つけないための自制の必要性    経験的な審査方法に伴う慎重な対処の必要性    司法積極主義…裁判所が司法審査にあたって、憲法の価値や理念の維持のために政治部門の判断に介入することを躊    躇しない態度。憲法判断に積極的であって、違憲判断にも積極的な場合を指す。    消極主義と積極主義は具体的訴訟ごとに当該訴訟で問題となっている憲法上の争点の性質・規制の態様・権利侵害の    程度などを総合的に考慮して両者の適切な選択をすることが必要。 経済的自由・精神的自由  (2)憲法訴訟の現代的展開(私権保障から憲法保障へ)    私権保障…具体的な個人の権利・自由の保護    憲法保障…不特定多数の権利・自由の保護や、あるいは端的にあるべき憲法秩序の実現を目指す訴訟  議員定数不均衡違憲訴訟・環境権訴訟・生存権訴訟・税制改革訴訟  (3)司法権の担い手と合憲性統制機関としての裁判所の役割     司法権の担い手…非政治的な受動的機関     合憲性統制機関…政治的な政策形成機能を発揮する機関 2.違憲審査権の根拠   憲法の最高法規性の観念…憲法の最高法規性を現実に保障するには、国家行為の合憲性を判断する機関が必要である。   基本的人権尊重の原理…基本的人権が立法・行政権に侵害される場合にそれを救済する「憲法の番人」としての機関。   権力分立制の思想…立法・行政の違憲的な行為の司法による統制(機関相互の作用の調整) 3.違憲審査権の性格   抽象的違憲審査制(ドイツ)…特別に設けられた憲法裁判所が具体的な訴訟と関係なく抽象的に違憲審査を行なう方式。   付随的違憲審査制(アメリカ)…通常の裁判所が、具体的訴訟事件を裁判する際に、その前提として事件の解決に必要          な限度で、適用法条の違憲審査を行なう方式。  *わが国の制度は付随的違憲審査制であるが(81条)、抽象的違憲審査制は認められるか。A   →通判)付随的審査制であり、抽象的違憲審査権は認めていない。  r.81条は「司法」の章にあり、司法とは具体的な権利義務に関する争いに法令を適用して紛争を解決する作     用である。抽象的審査が認められるためにはそれを積極的に明示する規定が必要であるが憲法上ない。    有力説)法律や裁判所規則でその権限や手続を定めれば、最高裁判所に憲法裁判所の機能を付与しうる。   r.81条は最高裁判所に憲法裁判所的性格を積極的に与えているとは解せないが、それを禁ずる趣旨にも解      されない。事件性の要件は例外を許さない絶対的なものではない。 4.付随的違憲審査制の特質  (1)制度の特質 付随的違憲審査制…伝統的な司法の観念に立脚。個人の権利保護を第一の目的とする。(私権保障型)   { 抽象的違憲審査制…違憲の法秩序を排除、憲法を頂点とする法体系の整合性の確保を目的とする。(憲法保障型)  (2)両者の接近傾向  日本国憲法において憲法保障の機能を果たすものが認められる。  議員定数不均衡訴訟等客観訴訟、 当事者適格の緩和、 文面上無効の判決、 将来効   *客観訴訟において違憲審査権を行使することはいかなる根拠で認められるか。客観訴訟は法律上の争訟には当たらな    いので、抽象的違憲審査制を認めることにならないか。B+    →佐藤幸)客観訴訟は司法権の当然の内容をなすものではない。しかし少なくとも争訟性を擬制できる内実を備える      場合、すなわち具体的な国家の行為があり裁判による決定になじみやすい紛争の形態を備えているもので、      裁判所が終局的に解決しうるものである場合に司法権の守備範囲に含まれる。そうである以上、違憲審査        も認められる。 23−2 違憲審査の主体と対象       81条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁       判所である。 1.違憲審査の主体   最高裁判所   下級裁判所   *下級裁判所も違憲審査権を行使できるか。81条からは最高裁のみに認められるようにも思えることから問題となる。    →通判)下級裁判所も、司法権の行使に付随して、当然に違憲審査権を行使できる。   r.全て裁判官は憲法を尊重し擁護する義務を負うことから、裁判をするに当たってその法令が憲法に適合す      るか否かを判断することは、憲法によって課せられた裁判官の職務と職権である。違憲審査権が司法権の    機能の一環として捉えられる以上、司法権を担当する下級裁判所にも認めるのが自然である。 2.違憲審査の対象  (1)違憲審査の対象事項    …一切の法律、命令、規則または処分(81条)  (2)条約   *条約と憲法の形式的効力は、どちらが優越するか。A    →条約優位説 r. 98条2項にいう条約の誠実な遵守を実行あらしめるためには、条約の執行を妨げる国内法の       成立は否定されるべきであり、その趣旨を徹底すると条約優位とするのが妥当である。  憲法の承認している徹底した国際主義からして条約優位説が妥当である。  98条1項(憲法の最高法規性)・81条で条約が外されていることは、憲法は条約との関係          において必ずしも最高法規でないことを示している。 憲法優位説 r. 条約が憲法に優位するとすると、内容的に憲法に反する条約が締結された場合には、法律より      (通説)   も簡易な手続によって成立する条約によって憲法が課為政されることになってしまい国民主権・    硬性憲法の建前に反する。  国際協調主義や条文の文言(98条・81条)から直ちに条約が憲法に優位するという結論を         導き出すことはできない。  条約締結権は憲法に根拠を有する。   *憲法優位説をとる場合、条約が違憲審査の対象となるかが問題となる。A    →否定説 r.憲法81条の文言。条約は国家間の合意という特質を持ち、しかも極めて政治的な内容を含む。 肯定説(芦部)r.許容性−条約は国際法ではあるが、国内では国内法として通用するのであるから、その国内法     としての側面については、81条の「法律」に準ずるものと考えることができる。  必要性−違憲審査権が及ばないとすると条約による事実上の憲法改廃を肯定することになる。 部分的肯定説:民主体制や人権保障を侵害する内容の条約については違憲審査権が及ぶ。   ※肯定説をとった場合でもさらに条約の内容によっては統治行為論によって違憲審査を不可とすることもある。  (3)立法不作為   *立法不作為は違憲の行為といえるか。国会がいついかなる立法をなすべきかの判断は、原則として国会の裁量事項に    属すると解されていることから問題となる。A    →通説)立法義務の存在(憲法の明文上一定の立法をなすべきことが規定され、又は憲法解釈上そのような結論が     導かれる場合)合理的期間の経過(国会が立法の必要性を十分認識し、立法をなそうと思えばできたにも     かかわらず、一定の合理的期間を経過してもなお放置した場合)の2要件の下に立法の不作為も違憲となる。     ※政治部門での争い方→選挙・請願権   *立法不作為が違憲審査の対象となるか。    →通説)個人の重要な基本的人権が実際に侵害されていることが明白な場合には、憲法訴訟における争い方如何によっ    ては司法審査の対象となりうる。   r.立法の不作為についても観念的にその合憲性の法的判断は可能である。立法不作為による人権侵害に対し      て、一切司法審査が及ばないと解するのは個人の人権保護に欠け、81条の趣旨に反する。   ・司法部門での争い方   *立法義務づけ訴訟は認められるか。    →通説)認められない。r.権力分立の原則に反する。   *立法不作為違憲確認訴訟は認められるか。A    →通説)認められない。r.手続規定が不備である。単に違憲の確認にとどまるとしたら実効性がない。付随的審査        制を採用する憲法の建前に反する。   *国家賠償を(国家賠償法1条)求める訴えにおいて立法の不作為を争うことは認められるか。B    *「公権力の行使」に当たるか。→立法行為や立法の不作為も「公権力の行使」に当たる。    *「故意・過失」があるか。→請願がなされていたら故意過失を認定できる。    *「違法性」があるか。51条には国会議員の免責特権が規定されている。だから、議員は賠償責任を負うことはなく、 従って代位責任者としての国家も賠償責任を負う理由はないとも考えられるため、問題となる。B →否定説(判例)r.51条によって議員が立法行為について損害賠償責任を負うことはありえないから、国家賠        償を公務員個人の責任の肩代わり(代位責任)と解する場合には行為者である議員に責任が       ない以上、国の賠償責任も発生しない。  肯定説(通説)r.国家賠償を代位責任と解しても、51条は国会議員の発言の自由を保護しようとする規定で        あり、立法行為ないし立法の不作為が違憲であった場合に、それが適法なものと見なされな       ければならないということまで定めたものとは解しがたい。   また国家賠償を自己責任と解すれば、51条は国の賠償責任の成否とは何の関係もない。  (4)統治行為  (5)私法行為    私人の行為→民法90条等を媒介として間接的に違憲審査の対象となる(間接適用説)    国の私法行為  公共用地の取得を任意買収で行なう場合    *国の私法上の国家行為は違憲審査の対象となるか。     →否定説(判例)r.憲法は、元来公的行為を規制するところに意義があり、私的行為にまつわる憲法問題は第三者        効力論によって対処すべき性質のものである。   肯定説(通説)r.国家がたまたま選択する行為形式如何によって、その枠組みの外に出てしまうという結果にな        る論理の筋道はおかしい。第三者効力論は人権の享有主体たる私人同士の関係の調整に関わる     ものであり、本来憲法が及ぶべき国家行為である国の私法行為には無関係である。 23−3 訴訟要件     1.前提としての訴訟要件   「法律上の争訟」→司法権の限界   行政事件訴訟の場合   ※ムート(moot)の法理    …当事者間に存在していた司法判断適合の紛争が、訴訟提起後の事情の変化によりこれを欠くにいたった場合に裁判     所は憲法判断をなしえないという法理。但し憲法違反の行為が再度行なわれる恐れがある場合などは適用されない。  皇居外苑使用不許可処分取消訴訟・朝日訴訟 2.違憲主張の適格  *既に係属している訴訟において、どのような場合に違憲の主張が認められるか。   →原則)自己に適用される法令・処分等により自己の憲法上の権利・利益を現実的・実質的・直接的に侵害されている       場合。   *例外 ‥自己の利益に直接関係のない他人の憲法上の権利侵害を理由とする違憲の主張が許されるか。B    →通判)違憲主張の適格に関する原則は必ずしも絶対的ではなく、訴訟当事者と権利を侵害された第三者とが密接な     関係に立つ場合や、第三者が自ら権利主張をすることが困難な場合などには、当事者は他人の法律上の権利      を援用することができる。   *例外 ‥自己に適用される法規の内容が多かれ少なかれ不明確なため、自己に対する適用は合憲であっても、不特定     の第三者に対する違憲的適用の可能性がある場合に、そのことを理由に違憲の主張をなしうるか。    →通説)表現の自由を規制する立法で「文面上無効」とされるべき法規については、その不明確性や過度の広範性を理     由に違憲の主張をすることが認められる。     r.文面上無効とされるべき法規は、本来の当事者の行為を云々するまでもなく違憲とみなすべき性質のもの       であるから、不特定の第三者に対する違憲的適用の可能性がある場合に違憲の主張をなしうる。   *例外 ‥自己に適用される法令中の自己に適用されない他の規定の援用が許されるか。    →通説)適用と密接不可分の関係にある他の規定の違憲、または法令全体の違憲を主張することは許される。    (ex.自衛隊法121条の適用を受ける者が、自衛隊法そのものが9条に違反して違憲だと主張する場合) 23−4 本案審理     1.審査の方法   立法事実…違憲か合憲かが争われる法律の立法目的及び立法目的を達成する手段の合理性を裏づけ支える社会的・経済      的・文化的な一般事実。これが現在あるかを審理する。   司法事実…事件の解決に必要な事実。 2.憲法判断の回避  §憲法判断回避の準則(ブランダイス・ルール)   4)憲法問題が記録によって適切に提出されているとしても、その事件を処理することのできるほかの理由がある場合     には、憲法問題について判断しない。(憲法判断そのものの回避)   7)法律の合憲性について重大な疑いが提起されたとしても、その問題を回避できるような法律解釈が可能であるか否     かをまず確認すべきである。(違憲判断の回避)  *憲法判断回避のルール(特に憲法判断そのものの回避)を採用することが許されるか。A   →準則採用説:憲法判断をしなくても結論が出せる場合にはむしろ憲法判断をすべきではない。 r.付随的審査性においては当該事件の解決に必要な限度で憲法判断が行なわれる建前であり、裁判所は         必要以上に政治部門の判断に介入すべきではない。私権保障型・司法消極主義の強調。 c.憲法訴訟による憲法保障機能が軽視される。法律の解釈に無理が生じる可能性がある。    準則否定説 c.多数の事件を抱える裁判所が安易に憲法判断をすることはかえって憲法保障にとってマイナスにな     る恐れがある。    折衷説(芦部):憲法判断回避を基本的には是認するが、事件の重大性や違憲状態の程度、その及ぼす影響の範囲   、 事件で問題にされている権利の性質等を総合的に考慮し、場合によっては回避のルールによらず、    憲法判断に踏み切ることができる。精神的自由権や選挙権が問題になっている場合は回避すべきで    ない。憲法保障機能・司法積極主義の考慮。 3.違憲判断の回避・合憲限定解釈  …法律の解釈として複数の解釈が可能な場合に、憲法の規定と精神に適合する解釈がとられなければならないという準則。   合憲限定解釈は議会の判断を尊重して法律をなるべく違憲としないという司法消極主義の立場と、人権保障を達成する   という理念との均衡を図るものである。   問題点…法令の意味を不明確にする、文理から離れた解釈を施すことになり新たな立法ともなりかねない。    →法律の書き替えになるような解釈は許されない。また、表現の自由など萎縮効果を及ぼす恐れのある場合は違憲判断     を回避すべきでない。 4.違憲判断の方法    法令違憲…法令の規定それ自体を違憲とする判決。 尊属殺重罰規定違憲判決・議員定数不均衡違憲判決    適用違憲…法令自体を違憲とするのではなく、法令を当該事件に適用することを違憲とする判決。  私権保障型の付随審査制において有効。司法消極主義の技術の1つとして有用である。    運用違憲…法令の運用のあり方を憲法上問題とし、違憲と判断されるべきかかる運用の一環として本件措置がとられ      ている場合に、その措置を違憲無効とする手法。→通常は法令自体を違憲と解すべきである。 5.各種違憲審査基準   合憲制推定の原則…法律は立法権を持つ国会によって合憲とされた上で制定されるものであり、一般に合憲の推定を受     けるとする原則。 経済的自由規制立法   二重の基準論   学説における審査基準    事前抑制…明確性の理論→文面上無効の手法    表現内容の規制→明白かつ現在の危険の基準    表現の時・所・方法の規制→LRAの基準・必要最小限度の基準    経済的自由の規制 消極目的規制→厳格な合理性の基準 積極目的規制→明白性の基準 23−5 憲法判断の効力     1.違憲判決の効力  (1)違憲判決の効力   *違憲判決の効力。A    →一般的効力説(兼子):法律の違憲判決は当該法律を一般的に廃止する効力を持つ。    r.98条1項に宣言されているように、およそ違憲の法律は効力を持ちえず、合憲性の最終判断権を持つ          最高裁判所によって違憲と判断された以上は、その法律は当然無効である。個別的効力しか認めないと    なると、同じ法律がある場合には違憲無効他の場合には有効ということになって、法律の一般的性格に       反するばかりでなく、法的安定性・予見性を欠き、不公平を生じさせ、法の下の平等に反する。 個別的効力説(芦部):違憲審査権は付随的具体的審査権であり、違憲判決の効力も当該訴訟当事者限りのもので     あり違憲と判断された法律は当該事件についてだけその適用を排除されるにとどまる。      r.付随的違憲審査性である以上、裁判所の違憲審査権も具体的な争訟事件に付随してその解決に必要な限       りにおいてのみ行使される。法律を一般的に無効とすることは一種の消極的立法であり立法権に対する      司法権の限界を超えることになる。  →但し、立法府は違憲法律を廃止し、行政権・検察権は違憲法律の適用を差し控えるべきことを憲法が期待して       いる、とする「礼譲期待説」によって補完している。    実務上も国会は当該法令を改廃し、行政権・検察権は法律の執行を差し控えている。  (2)新しい違憲判決の方法とその効力    事情判決…違憲判決であるにもかかわらず、当該事件について法令を個別的に無効とする効力さえも持たせず、違憲      性の確認という効力を持つだけのものにとどめる判決。    将来効判決…判決の効力を将来から発生させること。 2.判例変更と拘束性  (1)「判例」の意義 判決理由(レイシオ・デシデンダイ)…判決の結論を導く上で意味のある法的理由づけの部分。→判例   { 傍論(オビタ・ディクタム)…判決文中判決理由と関係のない部分。    *先例(判決理由の部分)に法的拘束力があるか。C     →否定説(通説):後の裁判を事実上拘束するにとどまる。r.日本では判例法主義の法制度をとっていない。   肯定説(浦部):法律上の拘束力を有する。しかし制定法と同様の厳格な拘束力は認められない。      r.制定法主義のもとでも、制定法の枠内では、判例は実質的に人々の権利にとって重要な意味を        持つから、その限りで判例には独自の法的拘束力が認められなければならない。  (2)判例の変更    → 時の経過により、事情が大きく変更した場合   経験に照らして調節が可能になった場合   先例に誤りがある場合 など     大法廷による。